~自衛隊が派遣された場合、どんなことが?~
何度目かになりますが、最近、アメリカ映画「グッド モーニング ベトナム」を
見る機会を得ました。どんな大義を振りかざしても、”戦争”は、人格も、友達も、ずたずたにすることを教えてくれています。
STORYに入り込んでいくと、なにやら、「ベトナム」が「イラク」と変わっただけで、二重写しになってきました。
日本も、終戦記念日が今年も、めぐってきます。イラク、北朝鮮と緊迫した状況が、拡大してゆく中で、広島・長崎から世界に発する「核廃絶・戦争反対」の声は、今こそ、世界に届いて欲しいと願うのは、日本国民の総意と思えます。しかし、
広島を訪れた小泉首相は、相変わらず「イラクが悪い。(今の状態になったのは)」と次元の違う発言をされているようです。
また、以下の報道などを見ても、これで自衛隊が派遣された場合、どうなるのでしょうかと心配は膨らむばかりです。援助に行くというイラク市民の安全、そして、かつてない危険にさらされる自衛隊の皆さんの生命は誰が守り、保障するのでしょうか?
そして、明確に敵として認識された、「日本の民間航空機の安全な航行」は、大丈夫なのでしょうか。こうした点についても、政府として責任ある発言が、求められているのではないでしょうか。
【報道資料】
【①朝日朝刊、2003.8月8日】
《武の時代に:1》兵士の涙 負傷の子供拒んだ軍
バグダッドから北へ車で約2時間。バラド郊外の米軍基地の面会室に、憲兵隊のデビッド・ボレル軍曹(30)が上官に付き添われて現れた。フセイン政権の残存勢力に対する掃討作戦の拠点として、いまも7万人以上が駐留する。
米兵が地面に片ひざをついて泣き崩れ、その肩を抱いて仲間が慰める――。AP通信が配信した写真が米国社会に波紋を広げた。涙の理由を、ボレルはうつむき加減で語り始めた。
「兵士として誇りを持つことが何よりも大事だと教わってきた。でも、たった3人の幼い子どもを助けることのできない兵士に、どんな誇りがあるというのか……」
□ ■
6月13日昼、基地の空気は張りつめていた。未明に近くで奇襲を受け米兵数人が負傷、イラク人7人が死んだ。北門を警備中、ひまわり畑の道を土ぼこりを上げて近づいてくる車が目に入った。
運転していたイラク人の男の表情は引きつっていた。銃を片手にドアを開けると、10歳前後の子どもが3人。母親に抱かれた少年の顔や手足は焼けただれ、女の子の顔の左半分は皮がめくれて出血していた。助手席には、腕にやけどを負ったもう1人の少女がいた。茶色の瞳がじっと自分を見つめていた。
道端でプラスチックの箱を見つけて遊んでいると突然、爆発したという。車で町の病院に連れていったが、薬はないと断られ、途方に暮れて基地に来た。
軍医を呼んだが、一瞥(いちべつ)すると「薬がない」と引き返そうとした。引き留めたが「我々はイラクの治療センターとしてここにいるのではない」と拒まれた。
自分の救急箱から包帯を取り、ボトルの水と一緒に手渡すことしかできなかった。車を見送ると涙があふれた。やけどの子どもらは、オハイオ州トレドに残してきた2人の娘と同じ年頃だった。
□ ■
翌日、トレドの新聞に軍医への「告発」が掲載された。ボレルが電子メールで投書したのだ。〈14年間の軍隊経験で、こんなに無情なことはなかった〉〈子どもたちの治療にどれぐらいかかるというのだ〉。紙面にはAPの写真もあった。
「兵士たれと教えられた彼は、同時に人道主義者としての行動も教わったのです」
民主党のマーシー・キャプター下院議員が議会で演説したのは、掲載の2日後。オハイオは彼女の地元だった。
イラク戦争に反対し、「戦闘終結宣言」後は、人道支援の必要性を訴えてきた。「なぜ子どもを助けられなかったのか」と、国防総省に事実の究明を求めて演説を終えた。
回答は文書だった。「やけどは深刻でなく、医師としての判断は正しい」。軍医の上官は、米軍の機関紙のホームページに「ほかに大勢の負傷者がいた」「イラク人だって受け入れている」と書き、「米兵の亡きがらを遺体袋に納めて医師と一緒に泣けばいい。そうすれば誇りも取り戻せる」と皮肉った。
□ ■
5人の親子の家は基地からそう遠くなかった。チグリス川の水を引いた畑にはリンゴやオレンジの木が植わっていた。父親のファラー・ハビーブ(37)が呼ぶと、アフラム(11)、ブドゥール(10)、ハイダル(10)の姉弟が顔を出した。やけどのあとが残っていた。
2人の妻と17人の子どもがいた。基地を追い返された翌日、車でバグダッドに行き、2カ所目の病院で治療を受けることができたという。
「湾岸戦争からずっと米国に痛めつけられ、殺されてきた」。まくしたてたあと、ファラーが言った。「門の前にいた兵士は、ただ一人許すことができる米国人だよ」
□ ■
子どもが元気になったと知り、ボレルの表情が緩んだ。「戦闘が終わらないのは、互いに先が見通せず、疑心暗鬼になっているからなんだ」。「戦闘終結」から3カ月、バラドでは少なくとも二十数人の米兵が死傷、イラク人は死者だけでその数に迫る。
米軍から、バラドへの自衛隊派遣の要請があったのは6月末のことだ。日本政府は断ったが、バラドでの出来事は戦場の一場面でしかない。陸上自衛隊がイラクに派遣される日はいずれ来る。北朝鮮の脅威の高まりで、有事法制もできた。足を踏み入れようとしている「武の時代」を、兵士とその周辺の人々を通して見る。(敬称略)
☆こんな状況のところへ、「自衛隊は派遣されるの?」 .
不当逮捕・盗み多発 イラク駐留米兵に苦情2500件
米軍、一部に賠償
【②同じく朝日より】
【バグダッド=吉岡一】イラク駐留米軍による市民の不当逮捕や盗みが表面化している。拘束者の消息が家族に知らされない例も多く、人権団体は捕虜への拷問も指摘した。米兵のふるまいに、イラク“解放”直後は歓迎した市民さえ、対米感情をしだいに悪化させている。被害を受けた市民に対し、米軍は、一部事実を認めて賠償に応じ始めた。
●17歳受験生連行
高校3年ウマル・アブドラティフ君(17)がバグダッドの自宅から連行されたのは7月11日午前3時。前日、大学入試の統一試験が始まったばかりだった。工科大学を目指し、3、4時間睡眠で勉強を続けていた。
停電が合図だったようだ。ウマル君の家族によると、姉(20)と2人屋上で横になったとたん、ヘリコプター2機が現れ、3人の暗視装置を付けた米兵が降りてきた。車数台も到着し、十数人が乱入。父(64)と長男(30)、次男(26)、ウマル君の4人を連行した。3日前に買った護身用の銃1丁が没収され、150ドルがなくなっていた。
4人はその日、水も食料も与えられなかった。尋問中に心臓発作を起こした父と兄2人は釈放されたが、ウマル君は「武器密売と米兵殺害容疑だ」と言われ、そのまま拘束された。7月24日に統一試験は終わった。母は、米軍施設や赤十字社を回ったが6日までに手がかりはないという。「どうして受験勉強で必死の息子が武器商人ですか。2500ドルの報賞金目当てに密告されたのよ」と泣き崩れた。
●売上金20ドル強奪
ウマル君宅から約500メートルのアリサラ市場は、米兵がよく買い物に立ち寄っていた。しかし、雑貨店主サミール・ラスールさん(33)が6月30日に拘束されて以来、米兵は来なくなった。
市場の人たちによると、サミールさんのおい(24)の車を、米兵が突然止め、車内に武器がないか捜索を始めた。その際、車内にあった売上金約20ドルを右太もものポケットに入れた。おいが抗議するとライフルで殴られ、車を拳銃で撃たれた。
「アリババ(泥棒)!」。100人あまりの客が逃げ出す中、そう叫んで米兵に抗議したサミールさんを、米兵は逮捕した。宗教指導者の要請で7月3日、米軍が調査に現れた。現場にいた通訳は「米兵が金を盗むのは今回だけじゃない」と証言したという。しかし、今も釈放されていない。
バグダッドが制圧された4月9日の翌日、サミールさんは米兵と写真を撮った。おいは言う。「米国を解放者と思ったが、今は憎しみしかない。武器があれば戦う」
●尋問中に暴力も
地元では、6月ごろから米兵の人権侵害がたびたび報道されていた。7月23日には、国際的な人権団体アムネスティ・インターナショナルが、米兵が捜索中に2千ドルを盗んだ▽拘束者に十分な水や食料を与えない▽睡眠を与えず、大音響、強い光に長時間さらす▽尋問中の暴力、などを指摘する報告を公表した。
米中央軍は同27日、米兵4人を捕虜虐待容疑で拘束したと公表。8月3日には、不当な殺害、暴行、盗みなどがあったことを初めて認めた。2517件の苦情を受け、うち1456件に対し計26万4千ドル(約3千万円)の損害賠償を払った。
ウマル君やサミールさんの事例について米軍の広報官は、「抗議だけで拘束されることはない。何かあったんだろう。一般犯罪者なら赤十字を通じて家族に情報を提供する」と答えた。
■米軍発砲、6人死亡情報
【バグダッド=小森保良】AFP通信によると、フセイン元大統領の故郷ティクリートの路上で8日、自動小銃を売買していたイラク人に米兵が発砲、子供1人を含む6人が死亡した。射殺されたイラク人たちは自動小銃の試射をしていたという。病院関係者の話として同通信が伝えた。米軍幹部は死亡したのは2人だとしている。ティクリートとその周辺では、米軍が厳戒態勢を敷き、元大統領の捜索を続けている。
「責任はイラクにある」首相、長崎で戦争に理解求める !
【③同朝日】
小泉首相は9日、長崎市長の平和宣言が米英両国によるイラク攻撃を非難したことなどについて、「日本としては国連決議にのっとって(米英を)支持した。イラクが国際社会の声を聞いて査察を受け入れれば、戦争は起こんなかった。イラクに責任がある」と述べ、改めてイラク戦争について理解を求めた。同市での平和祈念式典に出席後、記者団の質問に答えた。
首相はその上で、「人々にはいろんな意見がある。それはそれでけっこうだと思います。日本政府としては日本の平和と独立、世界の平和の構築に向けて努力していきたい」と語った。また、平和宣言が専守防衛の順守や非核三原則の法制化を求めたことについては「日本は専守防衛、非核三原則。この方針に変わりありません」と述べるにとどめた。
(13:45
誰も認めていない。
ブッシュ・ブレアの苦境を見れば
世界は、こんな弁解を認めない。、「責任はイラクにある」首相、長崎で戦争に理解求める
———-2003.0809———-
小泉首相は9日、長崎市長の平和宣言が米英両国によるイラク攻撃を非難したことなどについて、「日本としては国連決議にのっとって(米英を)支持した。イラクが国際社会の声を聞いて査察を受け入れれば、戦争は起こんなかった。イラクに責任がある」と述べ、改めてイラク戦争について理解を求めた。同市での平和祈念式典に出席後、記者団の質問に答えた。
首相はその上で、「人々にはいろんな意見がある。それはそれでけっこうだと思います。日本政府としては日本の平和と独立、世界の平和の構築に向けて努力していきたい」と語った。また、平和宣言が専守防衛の順守や非核三原則の法制化を求めたことについては「日本は専守防衛、非核三原則。この方針に変わりありません」と述べるにとどめた。
(13:45)
