・読売カルチャーサロン青山”秀島一生の最新エアライン情報”講座を担当
・ライオンズクラブ、ホテル、ゴルフ場、旅館組合、など中心に全国各地で多数
Category Archives: エッセイ&コラム
執筆
・雑誌”BRUTUS407号”「間違いだらけのエアライン選び」の企画・執筆
・雑誌”ブルーガイドスキー”「空から降るコラム」連載はじめ多数
・単行本 執筆中
空から降るコラム(5)~“旅”は、切り口しだいで・・・~
ガビー・メイという女性の友人がいる。元スイスアルペンチームで、世界選手権、ワールドカップで常に上位にいた可愛い強者だ。
スイス・アンデルマットスキー場が本拠地なのだが、ここ数年は長野県のエコーバレースキー場で交換インストラクターとして、本場の香りを伝えている。テクニックはもちろん、存在そのものが、周りに新鮮な風を送り込んでいる。私たちがどこかに忘れてきたものをもっているのだ。日本の若者とは違う何かを…。まず、素朴なこと。自然を愛し、スキーを愛するスピリットではち切れそう。服装、持ち物は全て自分流。ブランド指向など微塵もない。そして、日本の皆に少しでも近づこうと、言葉の努力のみならず、隅々にその気持ちを表している。1シーズンに数回しか会わない私でも、ガビーを見ると、思わず微笑みながら握手したくなってしまう。
ガビーだけではなく、日本で目にする外国人の多くが、怪しげな日本語を流暢に駆使して暮らしている。日本人が逆の立場だったらどうだろう。常に不安を感じていたことのひとつだ。多くの人が、少なくとも中学、高校で6年間、英語を勉強してきたという優位性を持ちながら、日本人が外国へ出た時の言語的ていたらくは、ご承知の通りだ。エグゼクティブなビジネスマンを除いて、普通の外国人は6年も日本語を学んできていないことは明白。この違いは何なのだろう。単なる語学の問題ではなく、マインドかポリシーか、考え方に差があるのかもしれない。
旅の場面でも、何か変だなということが数々ある。たとえば、パリの地下鉄に乗っても、シャンゼリゼを歩いても、本場なのにヴィトンやフェンディを下げているフランス人はまれ。サント・レノ通りのエルメスでスカーフ売り場に群がり、一人が何枚も買い上げているのは、どこの国の人々か。ミラノのモンテ・ナポレオーネ通りのブランド店では、常に日本人サイズは品切れ状態だという。もちろん、買い物が悪いというのではない。海外でブランドのいいものを目にすると、「これ日本で買ったらいくらする?」「そんなにこれないのだから買っちゃおう」の一種の「興奮状態」に陥るのはわかる。しかし、旅=買い物になっては、いささかトゥーマッチかなと思う。
団体旅行の宿命とはいうものの、時間刻みの観光はバスであちこち、ちょっと見物して次へのパターン。移動中のバスの車内は外の景色を見る余裕もなく、たまる疲労ですやすやぐっすり。日本へ帰って写真をひもといても、絵葉書を見るのと同じで、どこをまわったかも定かではない。こういう行動様式で訪れるツーリストに、ローカルの人々が温かく接してくれる隙間もない。しかし、この受動態がんじがらめのスケジュールのなかにも、フリータイムはある。この限られた時間を、食べるもよし、歩くもよし、おぼつかない言葉ながらもその土地に触れよう。生活や人々に接近遭遇を試みよう。そして、自分の趣味や切り口で、自分流のプロデュースすることをお勧めしたい。道を間違ったり、ひょんな所でひなびたレストランが安くておいしかったり、ひとつひとつが永遠のメモリーになる。フリータイムを買い物だけに振り回されない、一種の「決意」が必要だ。

アジアを訪れるアメリカ人の団体の多くは、仕事をリタイアした老夫婦たちである。みんな至って気がいい。そして何にでも興味を示すのが特徴だ。日本行の飛行機の機内では、チョップスティック(箸)の使い方にはじまり、本当のニッポンを知るにはどこへ行けばいいかなど、実に率直な質問を乗務員にぶつけてくる。ひとりひとりに答えるのは大変なのだが、何かほのぼのとした気持ちになり、超忙しいなかでも、つい丁寧に教えたくなってしまう。
旅馴れた、出張づめの日本ビジネスマンのなかにも、隠れたスキーフリークがいるだろう。こうした方々は、味気ない出張の間に、無理にでもスキーを楽しめる時間をとるといい。そうすれば、仕事に振りまわされている重い気分から一転、主役はあくまで自分と、幸せな気分になれる。海外の主要都市にはいずれも2~3時間で行けるゲレンデがある。スキーはレンタル、ウエアはジーンズでOK。そして、あんな過密なスケジュール下でまさかスキーをやってきたとは気づくまいとひそかな満足感にも浸れるのだ。その土地や人々に接近戦を挑み、自分の趣味で切った旅をプロデュースする。これこそが旅の醍醐味であると思う。
話は変わるが、私は30年ほど航空会社でチーフパーサーとしてフライトしてきた。それだけ、旅を客観的に見てきたわけで、皆さんが同じ暇と金を使うなら、生涯の宝ににできるものにしてほしいと切に願う。たとえば年末年始のハワイ。30年前なら1機に10人の乗客があればいいほうだった。レイニーシーズンは「常夏の島」でもないことを旅する人は、よく知っていたとも言える。しかし、今やこの時期にハワイへ行くのがブランド化しているのはご承知の通り。
以前にも書いたが私は、海外でよくひとりでゴルフに行く。そうすると、自然と友達が増える。次に行った時には、「ハーイ、ボブ」の乗りでまた一緒にまわる。ゴルフだけではないが、こうして世界中の人種を問わず、多くの友達が出来た。私の身上「友達こそかけがえのない財産」を全うしている。私は私流であるが、皆さんも皆さん流の切り口で旅を作りあげれば、素敵な人生につながると提案して、5回連載をしめたい。
拙コラムにご感想があれば、編集部に寄せていただければ幸いです。またお会いしましょう。
文/詩井 入(しい はいる) ・・・スキー関係誌のペンネームで現在の秀島一生です。
イラスト/須藤健一氏
なおこのコラム集は、雑誌「ブルーガイドスキー」にかつて連載されたものを若干の加筆・修正を加えたものです。
空から降るコラム(4)~乗客とスキーヤーの関係は!?~
つい今しがたすべり降りてきたウィスラーの山々を間近に見上げながら、ジャグジーにつかっている。ここはカナダ・ウィスラーブラッコムスキーリゾート。まだ午後4時をまわったばかりというのに、ゆったり疲れをほぐしている自分。元気が残っていればナイターも…という日本でのスキーに慣れた者には、いささかもったいない時間の使い方である。しかし、馴染んでみれば、これが当たり前。ガツガツしていたのが嘘のように思えるから不思議だ。
こんな「ゆったりずむ」を満喫させてくれる背景にはリフト、ゴンドラなどが比較的早い時間に終了するという、抵抗できない厳然とした壁というかルールがあるからだ。ここにヨーロッパやアメリカ、カナダと日本のスキーに対する考え方の違いがはっきり表れているように思える。
このルールは、スキーフリークたちに「そろそろ気温が下がってきて、バーンが硬くなり、思わぬスピードが出ますよ。転んだらダメージは大きいし、1日すべって疲れた身体に無理は禁物。まして、コースを間違えて降りようものなら大変なことになる。山の閉店は日があるうち。これで終わってhave a good rest!」と語りかけているのである。
このお陰で、あくせく日本人の代表を自認する私とくだんの友人(30年のフライト経験をもつ某有名航空会社のチーフパーサー)は、四方山話イン・ジャグジーとなった。いい湯だな気分にひたっていると、山を降りてくるスキーヤーの群を見ていた友人は、ふと唐突につぶやいた。
「スキー場は機内だ」
意味不明な言葉に「なんなのそれ」と私は言うと、彼は話しはじめた。
機内で一番、扱い方に気を使うのは?と聞かれたら、迷わずビジネスクラスの日本人と答えますね。この席は一流企業、とくに商社や銀行の部長や課長クラスが大半を占めます。路線にもよりますが…。この方たちは仕事面で脂が乗り切った人たちで、会社を切りまわす事実上の指揮官だと思います。それだけに、会社は俺でもっている、会社を代表するのは自分だという自負心が旺盛。自分で航空料金を払うわけではなくても、出張につぐ出張で世界を飛びまわっているために、マイレッジも半端ではありません。どの航空会社でも上顧客メンバーとして登録されているはずです。
こうしたステイタスの反面、時差を解消できるような余裕のある日程は許されていません。夜間フライトで、他の方が寝静まっている時にリーディングライトをつけ、ラップトップコンピュータに向かって黙々と報告書を書いていたりする。その姿は鬼気迫るものがあります。こうした激務からくる不満も加わってか、機内でご機嫌を損ねたら大変です。喫煙席を頼んだのに、飲み物のオーダーを取りにくるのが遅い、キャビン責任者からの挨拶がない…などにはじまり、こじれたら、おたくの重役の誰それを知っている、もう二度とこのエアラインには乗らないなど、日本語の通じないエアラインに乗ったとしたら、絶対に口走らないことにまでエスカレートするのです。
これに比べて、ファーストクラスのお客さまは稲穂です。実るほど、頭を垂れる稲穂かな、です。国会議員、一流企業の社長・役員とステイタスは文句なし。彼らにとって機内は貴重なプライベートタイム、くつろぐところと徹しており、食事もそこそこに休まれ、乗務員にも気を使ってくれます。降りる際にも「ありがとう」の言葉を忘れません。
一方、エコノミークラスのお客さまは、初めての海外旅行の方が多く、すべてに期待し、新鮮な目をもっています。無料のお酒につい度を過ごして倒れる方があったり、ミールトレイに乗っているドレッシングとミルクを間違えて使ったりは日常茶飯事。でも、それは微笑ましい光景です。乗務員の言うことを素直に聞き、小さな心遣いにも喜んでくれます。初めての旅を、老後の旅を思い出深いものにしてあげようという気持ちで接することができます。
こうやって、スキー場を客観的に観察していると同じなんです。エキスパートたちは、急斜面ではほどよくセーブし、暴走はなし。混んでいる斜面では、技術レベルが下の人を邪魔にすることもなく、スキーの楽しさを味わっている。初級者は怖いながらも汗をかきかき必死になってボーゲンで降りてくる。これからどんどんスキーの虜になっていくんだろうな、という微笑ましさすら感じてしまいます。
狭くて危険なリフト下を、わざわざこれみよがしにすべったり、急斜面にたくさんのスキーヤーがとりついているのに、おぼつかないビギナーの脇を暴走気味に突っ込んでいくのは、まあまあすべれるようになった中級者(インターミディエット)に多い気がします。この姿を機内のそれとダブらせると、ファースト=上級、ビジネス=中級、エコノミー=初級となんとなく言えませんか。

なるほど、なるほど。きつい言葉であるが妙に納得。これからは、ええかっこしいの、えせエキスパート風すべりは慎もう。リフト小屋のお兄さん、おじさんには「ご苦労サマー」の声かけよう。食堂のおばさんには「熱いラーメン、おいしかった」と感想を述べよう。スキーに情熱を燃やして一生懸命教えてくれるスクールのインストラクターには「ありがとう、がんばるよ」と応えよう。
大自然の中のスキーエリアといえども、グッドヒューマンリレイションあってこそ、そのスケールは大きくなり、素敵な思い出を残すのではないかと気づいたのであった。
文/詩井 入(しい はいる) ・・・スキー関係誌のペンネームで現在の秀島一生です。
イラスト/須藤健一氏
なおこのコラム集は、雑誌「ブルーガイドスキー」にかつて連載されたものを若干の加筆・修正を加えたものです。
空から降るコラム(3)~自然は、最高の友達~
「考えてもごらんよ。エアコンを効かせて、音楽が流れる。埃もなければ、暑さ寒さも関係ない。快適さでいえば、言うことなし。でも何か違うんだよ。夢がないっていうか」
これはバイク乗りのある友人が言っていた話だ。かくいう私も、バイクのツーリングやモトクロス草レースまで一通り狂った時代があった。だから、この話を聞いた時、うんうん納得してしまったのである。
私にとっての20代から30代前半は、しばしば見かける中途半端な暮らし方の典型だった。インドアの運動(遊戯?)に明け暮れて、麻雀、パチンコ、ファミコン、オーディオ狂い。それがなぜか、30代後半にして「よき友をできるだけ多く持つことが、自らの財産である」と気づいた。麻雀などのバクチごとからは本当の友は生まれない。喜びを分かち合えるスポーツを、それもできるだけ自然に近いものをと思い込むに至り、スポーツ志向の人生がはじまった。
最初はスイミングスクール通い。ホテルのプールで泳ぐ外人のように優雅に泳ぎたいという単純な理由からだ。次は、「テニスができなきゃ人間じゃない」という風潮をもろに受けて、テニススクールに通いづめ。しまいには、近所のおばさんたちから「主婦の友」(誘えばいつでも相手をしてくれるという意味)と信頼されるまでに至った。バイクも若者たちに交じって、教習所通いからはじめた。倒したバイクを引き起こすのが第一歩だが、私は起こすことができず、教官から「体力をつけることからはじめたら」と終生忘れられぬお言葉をいただいた。これが反作用してか、若者を尻目に最短で卒業。無事、中型免許を取得した。さらにバイクでアメリカ大陸横断が夢などと妄想を抱き、アラスカで大型免許まで取得してしまったのである。
若大将加山雄三や太平洋ひとりぼっちの堀江青年の影響から、海にも強くなきゃ男じゃないと思い込んだこともあった。友人と共同ではあるが、モーターボートを買い込み、伊豆下田に船を置いて、水上スキーにスキューバダイビングと腹が出てみっともなくなる前の8年間、夏は海の男になった。振り返れば、恐れ多いことだが、下田御用邸の真ん前の入り江で、日がなブンブンと水上スキーをやりまくったため、皇宮警察と海上保安庁とはじっこんの間柄となった。また今や知らぬ人はない高島政伸君をスキューバダイビングのヘルパーでこき使ったこともあった。

海を一通り遊びつくすと、次はご想像の通り山である。といってもキッカケは単純。子供をスキースクールに入れたついでに、自分もはじめたのだ。それが、これほどのめり込むとは、本人も知る由がなかった。「子供に」が「自分も」となり、さらに「どんな斜面でもカッコよくすべりたい」と見事三段活用してしまったのである。3シーズン目には、SIA助手試験の場に立つことになった。なにしろ受験者は、20歳前後の各スクールのインストラクターやアシスタント。とにかくすべり込んでいる。こちらは40歳を超え、足元も不如意。それでも奮闘したが、あえなく結果は不合格。しかし、次のシーズンにはやっと合格できた。
この悔しさがバネになったのか、今度は「3大陸スキー制覇」の野望に燃えることになった。ヨーロッパではツェルマット&チェルビニア、アメリカではアラスカ、シアトル、カナダではウィスラー&ブラッコム、そしてニュージーランドではマウントクック、マウントハット、ハリスマウンテン、コロネットピークと、世界のゲレンデをすべりまくった。とくにマウントクックの氷河スキーでは、クレバスのスリル、ストックを突くたびにブルーの氷河がのぞく様は、夢の世界そのものといえる。また、ツェルマットの20kmにおよぶダウンヒルでは、ひたすらロングターンですべり降りたのを覚えている。フォームがどうのこうのというより、「コースの長さに君は耐えられるか」という世界であった。
こうしたエキサイティングな銀世界も、春の訪れとともに休止となる。「スキーがオフの間はみっちりとゴルフをして、足腰を鍛えなければいけない。スキーはスピードとバランスが大切。静から動への感覚も大事」などという甘言に乗せられ、39歳にしてゴルフデビューをしてしまった。やりはじめると、またこれがおもしろい。スキーと違い、1日にして「今までやってきたことは何だったんだ」という大たたきをやったりするゲームなのである。お決まりの入れ込みぶりで、今では外国だけでも200コースはラウンドするほどになった。ユーロディズニーランドへは行かなくても、ユーロディズニーゴルフコースはラウンドしたよ、というケースばかりなのだ。
年齢に歯向かい、時空を超え、周りの人からは「いい加減にしたら」と陰口どころか正面切って言われながら、ガムシャラにやってきた十余年。「やろうか?」と言われれば何でもつき合うが、自らが一生つき合いたいと決めているのはスキーとゴルフ。
その理由のひとつは、自然を相手にする点でスケールが違うこと。暑さ、寒さ、風、雨、雪と、その時々のコンディションを我が友にしなければ話にならない。また、同じ釜の飯を食い、自然なる山を相手にしたり(スキー)、ほぼ1日一緒に歩き、性格丸見え状態になったり(ゴルフ)と、必然的にたくさんの友を作ることができるのである。このふたつはどちらもやめられそうもない。
文/詩井 入(しい はいる) ・・・スキー関係誌のペンネームで現在の秀島一生です。
イラスト/須藤健一氏
なおこのコラム集は、雑誌「ブルーガイドスキー」にかつて連載されたものを若干の加筆・修正を加えたものです。
