本年も弊ホームページを、よろしくお願いいたします。
元旦からの徳之島空港JAS機事故、大事まで至らず不幸中の幸いでした。炎上しても不思議のないシチュエーションでしたから・・。負傷された方には、心よりお見舞い申し上げます。
更に1月3日には、エジプトで事故ありとなにやら今年の幕開けは、航空界にとってきな臭さが漂います。昨年末にも申し上げましたように、航空機を使って国内外への旅行をされる場合は、最低限、自らの「危機管理」にも十分配慮することをお薦めします。さて、少々辛口のひとことで・・。
☆ 羊のようにおとなしいのは、なぜ?
私は、ゴールデンウイーク、夏休み、年末年始の航空運賃が特別高くなることに、かねてより疑問を持っています。同じ距離、同じ場所に行くのになぜこんなに高い運賃が許されるのでしょうか。航空会社にとってこの時期だけ経費が膨らむことは、ないとおもうのです。
単に供給座席に対して需要が多いというだけで、高価格のFAREにしてよいものなのか、それなら新幹線などの鉄道もそうしているかというと皆さんご存知の通りそんなことはありません。
また、不思議なのは、こうした売り手本位の状態に、誰も異議を唱えないことです。利用者は、「運賃が普段より高い」うえ「ほとんどこの時期、機内は満席で、スペース的に楽な状況はあり得ない。」訳で、それではその分平常の時より、スチュワーデス(客室乗務員)の数が多いとか、機内食がめっぽう美味になっているとか、ありがたいギブアウエーをくれるとか、そんなこともある訳でもありません。これは、やはりおかしいではありませんか。
もちろん、航空会社の側に立てば、「その分普段の運賃を安くしている。かきいれどきに儲けなくてはいつ売り上げをあげるのか。」という論理もあると思いますが、ここは原点に立ち返って考えれば、やはり納得できないのではないでしょうか。
この不合理に対して、全世界の「羊」が声をあげ始める日もそう遠くないものと私は、思います。
Category Archives: エッセイ&コラム
星降る夜に!(16)どこで新年を迎えるか、「ハワイ」なら・・・
ひと昔前は、12月24日クリスマスを機内で迎える時は、乗客の皆さん一人一人に「ギブアウェー(記念のお土産)」を配ったものです。
この時、肩から品物を入れた袋をかつぎ、サンタクロースの扮装をしてキャビンを回る役回りは、いつも後輩の「スチュワード」でした。私も確かコペンハーゲンに向かう機内でサンタとなりました。乗務員、特に若手のスチュワードにとっては「クリスマスの憂鬱」でした。
これにひきかえ、新年を迎えることは「すがすがしく」、「おとそ」のサービスもあり、で忙しさはクリスマス以上でしたが、少しも苦にはならなかったことを覚えています。
日本時間で年が明けるとき、機内でも機長はじめコックピット、キャビンクルーも総出で乗客の皆さんと「明けましておめでとう」のキャッチボールとなります。「縁あって祝いあう、かたまり」という意識がみんなの間に流れていて不思議な味わいがあります。
さて、アメリカは、とてつもなく広いことを実感させることは色々ありますが「年越し」の時は、特に異様な思いを味わいます。
機内で一度セレブレーションしても、ハワイ到着後ひと眠りした夕刻から、それは始まります。まず「ニューヨーク」あの見慣れた「タイムズスクエアー」で盛大なカウントダウンが始まります。1時間後には「カンザス、テキサス」から、そして「コロラド、ユタやワイオミング」と続き、クライマックスは「ロスやシスコからのカウントダウン」となります。
多少カウントダウンに食べ飽きてきた頃、息つく暇もなくいよいよご当地「Hawaii」の年は明けるのです。
島中で、けたたましい爆竹が夜明けまで鳴り止みません。世界でも有数な「人種のるつぼ、といわれるハワイ」は、サトウキビやパイナップル生産の担い手として移り住んできた民族の歴史を時おり、灯す事になります。
中国系アメリカンの文化が爆竹で祝う原点にあると思えます。
私にとって、一度で何回も新年を味わえる「ハワイ」は、青い海・白い雲・ココナッツオイルのにおいに加えて、こうした隠れた魅力も持っています
「竜馬」が活きる・・・・。
私の場合、司馬遼太郎さんの著作されたものは、殆ど読んだといっても過言ではないと思っています。
歴史であれ、文化であれ、司馬さんの物事を科学的に捉える視点、史実を丁寧に大事に扱う立場、には畏敬の念さえ持っています。
12時間ドラマ「竜馬がゆく」を観まして、また感動させられてしまいました。同時に、原作のすばらしさにもう一度戻りたい気持ちとなりました。
竜馬は、33才という若さで、その人生を閉ざされるまで、私心をまったく脇においてひたすら「nippon」のゆくえ、あるべき姿のために命を懸けて奔走します。行動します。
その生きざまは、いやがおうにも現在の「nippon」へとつながってきてしまいます。。
いま、世界の情勢は表層面では、イラクをめぐっての問題となっていますが、本当は「nippon」という国が、世界へ向けアジアへ向け、どんな立場を取るのか、まさに試されているのではないでしょうか。
私たちは、「竜馬に対して恥ずかしい行動をとっては、いけない。」のでは、ないでしょうか。
外交とは、ひたすらにアメリカに追随することなり、という現実に、「竜馬」も泣いているようにも思えます。
私には、
「幕末の物語とかたずけては、いかんぜよ!」
という竜馬の声が聞こえてきました。
星降る夜に!(15)夜来、しんしんと降る雪は、・・・・
冬の情景にとって、雪はなぜか、詩情を誘うものがあります。特に空港では、再会から別離まで、見えないところでドラマが進行しているわけですからなおさらです。
私にとっても世界のあちこちで迎えた「雪降る日のランディング」には、それぞれの場所が今もまぶたに浮かびます。ランディングミュージックは、曲によっては、切ない想いを加速させたりもします。どこまでも続く白い平らな荒原の中、機は、モスクワ・シェレメチボ空港にアプローチイング開始とともに、「白い恋人たち」が流れます。
デンマーク・コペンハーゲンでは、徐々に街中の瀟洒な赤い屋根に雪をかぶっている風景を横目に見ながら、パリは「男と女のいる舗道」を耳に、サクレクール寺院を斜めに見てのランディングです。日本からは、早朝到着ですから家々には煙突から煙をたなびかせている家もあり、雪中ながらなんとなく心うきうき弾みます。
一方、ハンブルグなどでは、グレーに近い壁の色の家々、雪にも寒さにも負けない堅牢さを感じながらの到着です。
このように、ヨーロッパでは、「寒さ」の度合いが日本のそれとははるかな違いがあり、いずこも「冬将軍」への備えは、万全で、この寒さの中で粘り強く生活をエンジョイして暮らしている風情さえ感じてしまいます。
さて、日本はどうでしょうか。
残念ながら、「雪に弱い大空港」ということでナリタ、ハネダは、国内外にその名をはせています。特に前夜から、しんしんと降り続く「雪」にはお手上げといわれています。
積雪が多ければランウエー、誘導路の除雪は大変です。同じ国内でも冬季は常に「雪」を予測している、札幌千歳空港などと装備が違うわけですから、やむを得ないとも思えますが・・・。
航空機の翼に張り付いた雪は、すぐ氷の塊にフローズンしていくため、張り付かないうちに高圧のホースでそれこそ人海戦術で片翼ずつ、吹き飛ばしてゆくのが実状です。私の経験では、片翼を綺麗にして反対側の翼にとりかかっているうちに、また片側が凍り付いて、大幅ディレイ(遅延)したことも何度かあります。
また、毎年混乱を招いてしまうのは、空港までの交通事情、特に道路事情の混乱は、深刻です。乗客だけではなく、乗員が空港に到着できないことも、ままあるからです。
更に、乗客が搭乗後も管制塔からの離陸許可が下りず、飛行機をいったん降りて、サテライトで長時間待たされた挙句、結局出発できず。
空港近くのホテルは満室、サテライトで夜を明かさざるを得なくなったフライトも数多くありました。
「航空会社の判断、情報告知が甘いのでは・・。」
と乗客から大ブーイングが起こり、お詫びとして現金が配られたことなどは、伝説的な話として残っているほどです。
千歳だけではなく、北米ではニューヨーク、シカゴ、アラスカ・アンカレッジ、ヨーロッパ各ステーションなどでは「寒さ」への対策は、もとより備え十分ですから、ほぼ万全です。
日本のように、暑さも寒さも中途半端なところでは、「どうせ、年に1~2日のこと。何とかなる。」という気持ちが強くなってしまうのでしょうか.
「雪」への対策は、後ろにおかれてしまうのでしょうか。
「雪」を見ても余計な心配をせず、それぞれの「旅情」に浸れるようになって欲しいですね。
星降る夜に!(14)何かがちがう、日本とは・・。
バンクーバー/ウィスラーの風
行く先はともあれ、フライトに乗務中、外地で、数日間滞在しなければならないことは、この仕事をしている限り避けられません。
まだ、日本の航空会社としては、週2便程度しか運航されていない頃、ヨーロッパのハブ的ステーション(ロンドン・ハンブルグ・フランクフルト・アムステルダム・コペンハーゲン・ローマ・ミラノなど)は、デスティネーション(終点)にあたるため、乗務員も次の飛行機の到着を待たなければ仕事にならない訳で、やむなくというか幸運にもといえばよいのか、ともかく事実上1週間ほど滞在していました。デイリーにヨーロッパ各地にフライトがある今からみれば、隔世の感はありますが・・。
さて、スキーとゴルフを趣味としていた私にとって、カナダの「バンクーバー」、アメリカの「シアトル」は、夏でも冬でも「嬉しい!」ステーションでありました。
冬も本番の今。バンクーバーを想えば、頭の中はたちまち「白い雪」が舞い始め、壮大な”ウィスラー・ブラッコム”のバーンをひとり、滑走を始めてしまうのです。そういえば、こんなこともありました。
ゲレンデとして横幅・長さがたっぷりのコースは、ついついスピードを乗せた滑走に酔いがちになります。アイスバーンの上に少し冠雪していたことで、雪面にストックが刺さって抜けず、大転倒。立ち上がったものの、親指のあまりの痛さに診療所に直行したところ、なんと「親指の根元が、粉砕骨折」しておりました。「参った・・。」の私。
怪我に手馴れたDrは、目立たないギブスをしてくれて、治療の最後に包帯をしながら、私に聞きました。「what color do you want?」私は、一瞬「?・・・。」彼は、「包帯を巻いて止めておくのに使うマジックテープの色は、どの色がいいか。」と聞いていたのでした。正直言って驚きました、あまりの余裕の発言に。それでも負けず嫌いだった私は、「ブラック、ブルー、ピンク、イエロー」と見せられたなかから、おっとりと「ブラック&ピンク please。」と応えたものでした。
次の日に、何食わぬ顔でメキシコへの乗務を果たさねばならない私が、制服にコーディネートする「ブラック」を含めていたことは、容易に
ご理解いただけることと思います。
大自然といってもそのスケールの大きさには、誰でも驚きますが、「普通なら深刻になってしまうシーンにもおしゃれとウイットを忘れないキャナディアンのこころ」に、私は敬服・脱帽をいたしました。
